―ジンバル、スイッチ、価格、そして「レモン市場」から考える ―
はじめに
2024年、WINWINGからエントリークラスのフライトスティック「URSA MINOR」が登場しました。
価格を抑えながら、ホールセンサー、複数のHATスイッチ、ミニスティックなどを搭載し、非常に多機能な製品です。
そして発売直後から、ある疑問が出ました。
「これ、VKB Gladiator NXT/EVOのジンバルにそっくりでは?」
実際、URSA MINORの内部を分解してGladiator NXTと比較するレビューや動画が公開され、両者のジンバル構造が非常によく似ていることが確認されています。VKB自身も2024年8月にWINWINGを名指しで批判し、Gladiatorの設計を参考にしたとの趣旨の主張を公表しました。
ただし、ここで注意しなければならないことがあります。
「形が似ている」ことと「法律上の特許侵害である」ことは全く別の話です。さらに調べていくと、VKB側にも特許・意匠権に関する情報が存在しますが、それを単純に「Gladiatorのジンバル特許」と説明するのは正確ではありません。
そこで今回は、
- Gladiator NXT/EVOとURSA MINORはどこまで似ているのか
- 本当に「コピー」と言っていいのか
- VKBのジンバルにはどのような開発の系譜があるのか
- ALPS製スイッチには意味があるのか - 安さはどこから来るのか
- 「レモン市場」という経済学的な視点
- VKBの特許・意匠権は実際にどうなっているのか
を整理してみます。
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1.まず結論――「似ている」どころか、ジンバルは極めて近い
最初に結論を書いてしまうと、私は現在入手できる資料を見る限り、
WINWING URSA MINORのジンバルは、VKB Gladiator NXT/EVOのジンバル設計を非常に強く意識したものだと考えています。
これは単に、「フライトスティックだから似ている」というレベルではありません。URSA MINOR発売直後のレビューでは、実機を分解したうえでGladiator NXT系とのジンバル構造の類似性が指摘されています。さらに別の分解動画でも、両製品の内部構造が比較されています。
発売直後から、ユーザーコミュニティの一部では「ほぼそのままのコピーではないか」という趣旨の指摘も見られました。ただし、これはあくまで個々のレビュアー・ユーザーの評価であり、裁判所などによる法的認定ではありません。特定の発言を直接引用できる一次資料は今回確認できていないため、本記事では具体的な引用符付きの表現は避けます。
したがって、より正確には、
「URSA MINORのジンバルは、Gladiator NXT/EVOのジンバルと極めて高い構造的類似性を持つ」
と表現するのが妥当でしょう。
2.VKBのGladiatorのジンバルにも「前史」がある
ここで公平のために触れておきたいことがあります。
VKB Gladiator自体も、完全にゼロから生まれた独自発明というわけではありません。VKBは過去、Gladiatorのジンバルについて、以前の自社製品「Defender Cobra M5」の開発経験を基礎に改良したという趣旨の説明をしています。材料の変更、軸構造の改良、グリス保持構造の改良など、既存の設計を継続的に発展させてきた経緯があるとされています。
また、ジンバルの基本方式(パンタグラフ/ピンチャー型と呼ばれる構造)そのものも、VKBが世界で初めて発明したものではなく、それ以前から存在する設計思想とのつながりが指摘されています。
つまり、
「VKBがこの機械構造そのものを世界で独占する権利を持っている」
と考えるのは正確ではありません。工業製品の設計は、過去の技術を研究・改良し、その上に積み重ねられていくものだからです。
この点を踏まえたうえでも、「VKBが自社の設計を長年かけて磨き上げてきたこと」と、「URSA MINORがその具体的な設計に非常に近い構造を持つこと」は、両立して成り立つ話です。
3.そもそもVKBのGladiatorは何が優れているのか
ここで重要なのは、
「似ているなら、安いURSA MINORを買えばいいのでは?」
という疑問です。
確かに、単純に操作できればいいのであれば、URSA MINORは非常に魅力的です。しかし、ジョイスティックは単なる「センサーの箱」ではありません。重要なのは、
ジンバル/スプリング/ベアリング/ダンピング/センサー/スイッチ/HAT/ボタン/グリップ/基板/ファームウェア/ソフトウェア/機械加工・成形精度
など、非常に多くの部品の組み合わせです。
VKB Gladiator NXT EVOは、この部分にかなり力を入れています。現在のVKB製品仕様(公式系販売ページ)でも、
- ガラス繊維強化PA製ジンバル
- ボールベアリング
- 調整可能なドライクラッチ
- 非接触式MaRSセンサー
などが明記されています。
つまり、
「URSA MINORがGladiatorと似たジンバルを持っている」
ことと、
「URSA MINORがGladiatorと同じ品質の製品である」
ことは別問題なのです。
4.そして意外に重要なのが「ALPSボタン」
個人的には、今回の比較でここはかなり重要だと思います。
VKBはGladiator NXT EVOの仕様として、複数の公式系販売ページで、
「ALPS buttons (Japan OEM) for extended longevity」
と明記しています。つまり、ALPS製のスイッチを採用していることを製品仕様として公開しています。
これは単なる「日本メーカーだから高品質」という印象論ではありません。スティックを使っていて最終的にユーザーが直接触れるのは、ボタン、HAT、トリガー、スティックです。どれだけセンサーが高性能でも、ボタンが安っぽかったり、HATのクリック感が悪かったりすれば、操作感全体が悪くなります。
したがって、
「VKB GladiatorはALPSスイッチを採用しているから、それだけでもURSA MINORより優れている」
という感覚には、一定の根拠があります。
ただし、ここも慎重に考える必要があります。「ALPSだから必ず何倍も長持ちする」といった具体的な耐久データが公開されているわけではありません。また、ALPS製というだけで全ての操作部品が優れていることを意味するわけでもありません。
したがって正確には、
Gladiatorは、少なくとも入力スイッチについてもコストを掛けた部品を採用していることが確認できる
という評価になります。これはURSA MINORとの価格差を考えるうえで無視できないポイントでしょう。
5.URSA MINORが「単なる安物」ではないことにも注意したい
ここでWINWING側も公平に評価しておきましょう。
URSA MINORは決して「安いから粗悪」という製品ではありません。実際のレビューでは、ホールセンサーを採用し、複数のHAT、ミニスティックなどを備え、価格を考えると非常に多機能な製品だと評価されています。発売初期のレビューでは、筐体そのものについても低価格製品としてはしっかりした作りだという評価がある一方、HATスイッチのぐらつきやセンターデテントの不具合といった弱点を指摘する声もありました。
つまり、URSA MINORは一律に「粗悪品」なのではなく、長所と弱点が混在する製品だというのが実際のところです。むしろ全体としては、
非常にうまく価格を抑えた競争力のある製品
と考えるべきでしょう。問題は、
「では、その安さはどこから来ているのか」
ということです。
6.「見えない品質」と「レモン市場」
ここで役立つのが、経済学者ジョージ・アカロフが1970年に発表した論文
「The Market for 'Lemons': Quality Uncertainty and the Market Mechanism」
で知られる「レモン市場」の考え方です。中古車市場を例に、売り手は商品の品質を知っているが、買い手は品質を完全には判断できないという「情報の非対称性」を扱ったものです(「レモン」はアメリカ英語で品質の悪い中古車を指す俗語です)。
買い手からすれば、「高品質な商品なのか、粗悪な商品なのか分からない」ので、「高い金を払うのは怖い、平均的な価格しか払いたくない」となります。すると高品質な商品を売っている売り手が「その値段では売れない」と市場から撤退し、結果として市場に残る商品の平均品質が下がっていく――これがレモン市場の基本的な問題です。
フライトシム用ジョイスティックにも、これと似た構造があります。VKB Gladiator NXT EVOと WINWING URSA MINORを外から見ると、ホールセンサー、HAT、ボタン、ミニスティック、USB、ジンバルなど、どちらも似たような機能を持っています。すると消費者は「だったら安い方でいいんじゃない?」と考えます。これは当然の反応です。
しかし内部を見ると、スイッチのメーカー、耐久性、ベアリング、樹脂材料、金型、スプリング、クラッチ、組み立て精度、ファームウェア、ソフトウェア、長期的な補修部品の入手性など、見えない部分に違いがある可能性があります。つまり、価格だけでは品質を完全には判断できないという問題が、ここに存在します。
ただし、ここは非常に重要な留保があります。
「URSA MINORはレモンだ」
と言いたいわけではありません。それは根拠がありません。むしろ現時点では「URSA MINORは価格に対して非常に高機能な製品」と評価する方が公平です。問題はあくまで、「価格が安いから品質が同じとは限らない」こと、そして「内部部品や長期耐久性の違いは、購入時点では見えにくい」ということです。これはVKBにもWINWINGにも当てはまる、市場全体の構造的な問題です。
7.では、なぜここまで似ているのか?
公開されている分解資料を見る限り、両者のジンバルは非常によく似ています。特に、
- パンタグラフ/ピンチャー型の構造
- スプリングによるセンタリング
- クラッチによる抵抗調整
- X/Y軸の機械構造
などに強い類似性があります。そのため、ユーザーコミュニティでも「URSA MINORはGladiatorのジンバルを参考にしすぎているのではないか」という指摘が繰り返されており、実物を分解して比較した動画も複数存在しています。分解比較では、両者の一部部品を実際に入れ替えて検証したとの報告もあります。
したがって、「似ているという噂があるだけ」という段階は、すでに超えています。少なくとも「両製品のジンバル構造には非常に強い類似性が存在する」こと自体は、十分に資料で確認できます。
一方で、2節で触れた通り、「VKBがこの機械構造を世界で初めて発明した」わけでもありません。ここを曖昧にすると、記事そのものの信頼性が落ちるので、あらためて強調しておきます。
8.VKBの特許はどうなっているのか?
ここは今回、実際にUSPTO(米国特許商標庁)のデータベースで一次資料を確認しました。
VKBには現在、米国で成立した特許が実在します。発明者はIlya Yurgulski、権利者はHuizhou VKB Technology Co., Ltd.です。
- US12728346B2(発明の名称:Game joystick)
優先日:2024年7月11日(中国出願 202410929939.X)
米国出願日:2024年9月16日
公開日:2025年1月2日(US20250001289A1として)
登録日:2026年9月8日 - USD1,130,568(意匠特許、発明の名称:Joystick)
米国出願日:2024年11月22日
登録日:2026年6月16日
ただし、ここが最も重要な点です。US12728346B2はGladiator NXT/EVOの一般的なジンバルそのものを保護する特許ではありません。その内容は、コントロールグリップ内にジンバルを配置し、グリップを微細に動かして宇宙船の軸を操作しつつ、グリップ全体を前後に動かしてスロットル操作を行うという、宇宙シム向けの特殊なジョイスティック/スロットル統合構造を対象にしています。通常のGladiator型ジョイスティックそのものを指すものではありません。
さらに日付にも注意が必要です。この特許の優先日は2024年7月11日、意匠特許の米国出願日は2024年11月22日で、いずれもURSA MINORの発売・レビュー時期(2024年5月)より後です。
したがって、
「VKBはGladiatorのジンバル特許を持っており、URSA MINORはそれを侵害した」
と書くのは不正確です。正確には、
「VKBには現在、米国で成立した特許・意匠特許が存在する。しかし、今回確認できたものはいずれもURSA MINOR発売後に出願・成立したものであり、しかもUS12728346B2はGladiator NXT/EVOの一般的なジンバルそのものを対象とする特許ではない」
という整理になります。特許の話はこのように事実関係を明確にしたうえで、記事の本題(構造的類似性の評価)とは切り分けて扱うのが適切です。
9.結局、URSA MINORは「コピー」なのか?
ここまでを整理すると、次のように評価できます。
事実として確認できること
- URSA MINORとVKB Gladiator NXT/EVOのジンバルには非常に強い構造的類似性がある
- 実機分解による比較資料が複数存在する
- 発売直後からユーザーやレビュアーがGladiatorとの類似性を指摘していた
- VKB自身も2024年にWINWINGを批判する趣旨の発言を公表した
- VKB Gladiator NXT EVOはガラス繊維強化PA製ジンバル、ボールベアリング、調整可能なドライクラッチ、非接触式MaRSセンサーを採用している
- VKBはALPS製ボタンを採用していることを公式系販売資料で明記している
- VKBには2026年現在、米国で成立したユーティリティ特許と意匠特許がある(ただしいずれもURSA MINOR発売後の権利)
断定できないこと
- URSA MINORがVKBの特許を侵害したこと
- URSA MINORの設計が法的に違法なコピーであること
- VKBがGladiatorのジンバル機構そのものについて、URSA MINOR発売以前から米国で有効な独占権を持っていたこと
- URSA MINORの全ての部品がVKBの設計から直接コピーされたこと
したがって、最も正確な結論は、
「URSA MINORは、特にジンバルについてVKB Gladiator NXT/EVOとの非常に強い構造的類似性が確認できる。一方、それを法的な『特許侵害』や『違法コピー』と断定できる公開証拠は確認できない」
です。
10.では、私ならどちらを買うか?
ここは個人的な評価ですが、価格差が許容できるなら私はVKB Gladiatorを選びます。理由はジンバルだけではありません。
VKB Gladiatorの強み
- 長年の開発を経た設計の蓄積(Cobra M5以来の系譜)
- ガラス繊維強化PA製ジンバル、ボールベアリング、調整可能なドライクラッチ
- 非接触式MaRSセンサー
- ALPS製ボタン
- 交換・拡張できるモジュール構造
一方でURSA MINORにも、低価格、多数の入力、ホールセンサー、ミニスティックなど独自の魅力があります。したがって、「URSA MINORは買う価値がない」とは思いません。むしろ、
予算を抑えて高機能なスティックを手に入れたい人には、非常に魅力的な製品
でしょう。しかし、長く使うこと、機械的な操作感、部品品質、拡張性まで含めて考えるならVKB Gladiatorを選ぶ、というのが現在の評価です。
11.最後に――「安いから悪い」でも「高いから良い」でもない
今回の問題で一番重要なのはここだと思います。
URSA MINORが安いこと自体は悪いことではありません。むしろ競争によって価格が下がるのは、消費者にとって歓迎すべきことです。WINWINGがVKBと競争することで、「この価格帯でもホールセンサー+多ボタン+高機能ジンバルが買える」という市場ができたことは、ユーザーにとって大きなメリットです。
ただし、価格だけで品質を判断するのも危険です。ジョイスティックは、外から見えない部分にかなりの品質差があります。高品質スイッチを使っているか、ベアリングを使っているか、どんな樹脂を使っているか、スプリングやクラッチはどうなっているか、長期間使ったときに補修部品が手に入るのか、ソフトウェアやファームウェアが継続して提供されるのか――こうした部分は、スペック表だけでは分かりません。
「安い=悪い」でも「高い=良い」でもない。そして「機能が同じように見える=中身も同じ」でもない。ここを理解したうえで製品を選ぶ必要があります。
今回のURSA MINORとGladiatorの問題は、単なる「パクリかパクリではないか」という話だけではありません。現代のPC周辺機器市場で、設計・部品・品質・価格・知的財産にどのような価値があるのか。それを考える良い題材でもあると思います。
私の最終評価
|---|---|---|
| ジンバル | ◎ | ◎ |
| ジンバル構造の独自性 | 長い開発系譜あり | Gladiatorとの強い類似性 |
| センサー | 非接触MaRS | ホールセンサー |
| ベアリング | あり | あり |
| クラッチ調整 | あり | あり |
| スイッチ | ALPS製を明記 | 世代・部位による(単純比較不可) |
| 入力数 | ◎ | ◎ |
| 拡張性 | ◎ | ○ |
| 実績 | ◎ | ○ |
| 価格 | ○ | ◎ |
| コストパフォーマンス | ◎ | ◎(価格を考慮すると特に高評価) |
| 「コピー」の疑い | ― | ジンバルについて非常に強い類似性 |
| 特許侵害 | ― | 公開資料だけでは断定不能 |
結論
「URSA MINORは安くてVKB Gladiatorと同じ品質」と考えるのは早計です。逆に「URSA MINORはコピーだから粗悪品」とするのも間違いです。
現時点で最も公平なのは、
URSA MINORはGladiatorのジンバルと非常に強い構造的類似性を持ちながら、価格を大幅に抑え、多数の機能を搭載した非常に競争力の高い製品。一方、GladiatorにはALPS製スイッチ、ガラス繊維強化ジンバル、ベアリング、調整可能なクラッチ、長年の製品開発とモジュール互換性など、価格だけでは見えにくい部分にコストが掛かっている。
という評価であり、「安い方が完全に同じ」と考えるべきではなく、長期使用を考えるなら私はVKB Gladiatorを選ぶ、というのが結論です。
参考・引用元
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